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India 2004 1/30 佑光

印度はどんな国だろう、印度人はどんな人だろう、
そこで生まれた幾多の宗教があった。
私たちはそれを知らずに生きることができる、
でも知ることができればよりよく生きることができるだろう。
インド【印度】(India)
 印度の歴史は古く、紀元前2300年頃に遡る。インダス流域に文明が栄え、前1500年頃からアーリア人がヴェーダ文化を形成。前3世紀アショーカ王により仏教が興隆。11世紀以来はイスラム教徒が侵入、16世紀ムガル帝国のアクバル帝が北インドの大部分を統一した。その後1858年イギリスの直轄地となる。第一次大戦後、ガンディーらの指導で民族運動が急激に高まり、第二次大戦後、ヒンドゥー教徒を主とするインドとイスラム教徒を主とするパキスタンとに分れて独立。その古くからの名を、天竺という。

 ヒンドゥ教徒約83%、イスラム教徒約11%、キリスト教徒約2%、シク教徒約2%仏教徒、ジャイナ教徒、パールシー(拝火教徒)、ユダヤ教徒なども。

 人口は10億人。もうすぐ中国を追い越して世界一。面積は日本の約10倍。
 

 印度の青空食堂の一番日当たりのいい場所にたたずむ猫。左手のない彼女が暮らしていくのはそう難しいことではない。印度では貧しいものは施しを受ける権利があるのだ、そして道行く人々はみな差し伸べられた右手を拒まない。(デリー)

 ガンガーは聖なる川であるとともに汚染が問題になっている。科学的に汚いことと精神的に聖なることはまた、違うのだ。(バラナシ)

 印度人の眼差しには「生きる」ことへの喜びと不安が混じる。生きていることが当然と思い込む私たちにはない眼差し。(バラナシ)

 カメラを見つけると どんな子も精一杯のおしゃれをしてとびかかってくる。女の子はいつも気高い。(バラナシ)

 たいていはいつもやさしい。(トラックの運転手)

 人が集まる場所には必ずあるチャイ(インド式スパイス茶)屋。人が口をつけたものは使わないというヒンドゥーの習慣により素焼きのカップは使用後は道端に投げ捨て割ってしまう。 デリーでは最近見られない光景。
 
 洗濯は原始的だけれども丹念に洗うためとてもきれいになる。(尼連禅河にて)
 
 幼稚園が最終学歴になる人は少なくない。この学校の卒業までの目標は家族の名前が書けるようになることだ。(ガヤー)
 
 デリーには牛が闊歩する。牛を神聖視しているからではなく、牛乳の補給線が短いのだ。搾りたての牛乳を急配する少年。(メインバザール)
 
 寝台車はクラスによって雰囲気が違う。開け放しの二等寝台はいつの間にかいろいろな人が入り込むが三段ベッドの居住性は快適。ここでの知恵は周りの人と仲良くなること。荷物を見てもらったりおやつを分け合ったり。デリー⇔バラナシの800kmは11~25時間もかかるのだから。
 
 23歳の学生。お母さんが持たせてくれたお弁当を分けてくれた。お弁当を持っている人が多いのは戒律に沿った食事をするためでもある。

 
 一人分Rs.10(25円)の食事がこれだけ。お代わりが自由なのがうれしい。食事は旅行先の楽しみのひとつ。
 
 友人のチベット僧はオレンジが大好き。バナナは軸ごと切り出して陳列されている。すべて量り売り。愛嬌と交渉で安くなる。
 
 インドのスナック、ムンバイーベーリヤー。パクチー(コリアンダーの葉)と芽の出た豆と唐辛子のミックス。塩コショウ味。健康によさそうで私は好き。

 駄菓子やさん。スパイスを砂糖でくるんだものがぎっしり入っています。ガジガジやって道路に吐き出すと下も舌も真っ赤です。お土産にするとちょっと嫌がらせです。当地で食べるとおいしいですが。
 
 焼き芋にレモンをかけて食べる。その味は日本と同じで安心して食べることができる。生フルーツ、ピーナツなどバリエーションはさまざま。

 マサラの香辛料に参ったらチベット料理。スチームモモ餃子とスープがおなかに優しい。
 
 仏陀はこの地で説法をはじめられた。(サールナート)

 写真はムルガンダクティー寺院、スリランカのマハーボディー協会建立。

 ムルガンダクティー寺院内部。このお釈迦様の周りをぐるぐる回り勤行。サールナートではこのスリランカ寺院に宿泊させていただくことに。

 ジャイナ教寺院にて。仏教とほぼ同時期に発生した苦行、不殺生をモットーとした宗派。

 普段はサールナートも静まり返り、治安はよく夜でも安心。バラナシの雑踏が嘘のよう。

 遺跡全体が公園のようになっていて瞑想に最適。(サールナート)

 私とチベット人4名でジープをチャーターし、ブッダガヤまで200kmを走る。出発は早朝4時。トラックドライバーたちも動き始める。

 車はまだまだぜいたく品。しかし心は豊かなのでお願いすればきっと加えてもらえるはず。

 200km走って10回見た光景。

 サドゥといえばヒンドゥーの行者。彼らは象をつれての行脚。さまざまな特典が与えられているようで国鉄が無料だとか。彼らの仕事は占い、説教、教義のお勉強(?)。
 神出鬼没、どこから来てどこへ行くのか誰も知らない。

 駅には町が栄え、踏切では物売りがふえる。30分も待つ踏み切りはバイクならくぐっていくし車ならひと休憩。

 ブッダガヤ、お釈迦様が悟りを開いた地。中心に建つメインテンプルはヒンドゥー教と仏教が共同経営しているお寺。多神教のヒンドゥーにとってもお釈迦様は神様の一人。

 この木の下でお釈迦様が悟りを開かれた。巡礼者の感慨もまたひとしお。

 メインテンプル内部

 今回はブッダガヤで2000人もの大法要が開催された。二日間にわたって読経が行われる。

 衣の色も微妙に違う、今回はブータン、ネパール、チベット、スリランカの僧侶が集う。

 

 普段は人の少ないこの村にもチベット市がにわかにできる。テント村ができ、バザールやレストランがこの時だけ賑わいを見せる。

 タージマハルはムガル帝国の第5代皇帝シャー=ジャハーンが愛妃のために1632年より建立。そのお墓。

 クトゥプミナール遺跡群。インドの遺跡の面白いところは手で触れるところ。触れて座ってその感触は深く心に刻まれる。

 インドのバイク、中には軽油で走るものも。

 お土産にお香は必須。寺院の前にて。

 スパイスも量り売り。新聞紙に包んでくれるのでビニル袋を持参したほうが確実。

 インドならではのデザインが多数。たくさん集めるとそれだけで楽しいホームページが作れそう。

 まず火をおこしは牛糞で。この煙は藁を炊いたようにかぐわしい・・・。

 誰とでも積極的に友達になろう。

タージマハルは愛の象徴。お買い得の逸品。

 所々に見られる記念碑。
ヒンドゥー教徒は河に全部流してしまうためこれは墓標。

 ニンブーミルチー。唐辛子とレモンを吊るした魔よけ。新築や新車購入、新規開店などの際に外に吊るします。人々の嫉妬心を吸収するのだそうで、ホールインワンを出した方もこれをどうぞ。

仲間たちに助けられてとてもいい旅行でした!
モンゴル人、チベット人、ネパール人
ブータン人、日本人、区別が付くかな?!